ユンケルサークル♬
ユンケル神社
熱海五郎一座♬
そんなこんなで、毎年恒例の熱海五郎一座が始まって、終わりました♬
今回は野呂佳代さんと沢口靖子さんがゲスト、野呂佳代さんとは今回のお芝居で初めて一緒になりましたが、まぁノッてる人は違いますね〜。気持ちのいい人でした。
沢口さんは以前、熱海五郎一座でご一緒させてもらいましたが、もう怪物です。ボクなんかはついつい「笑わせよう」って思いながら芝居しちゃうんだけど、それがこの方はそれが全然無くて、真面目に、真面目に面白いこと言うから、1人だけ別世界なんですね〜
ボクもこのお芝居は「伊東四朗一座」の第二作目から読んでもらっているので、もう21年ですか…早いものです。
あと何年やるのか分からないけど三宅裕司さんが元気なうちはやるでしょう!今年も連日満席の大入り。
春風亭昇太
すみません〜
こんな方も!
芸協らくごまつり
笑点&ウルトラマン♬
新真打
SWA「心の旅」
卒業式♬
新宮城3
新宮城 その2
新宮城イベント
つづき♬
桃太郎師匠の追悼落語会は、その功績を讃えながら、悲しみの中で悼む! ってことにはならない。それが落語家の正しい送り方だからだ!
鯉朝さんなんか桃太郎師匠が芝浜を演ったらどうなるか。という「ももはま」をやり、他の演者もマクラで好きな事言って、あとは自分のネタを全力でウケるように演るだけ♬
仲入り後の対談ではお弟子さんと、僕たち弟弟子で、桃太郎師匠の若い頃からの写真を見てゲラゲラ笑いながら、その人柄や逸話を喋りまくる。こうなると桃太郎師匠のことより、ただただ自分がウケたいという気持ちが先行する。
それを聴きながら桃太郎師匠のファンの皆さんも、笑いながら目に涙を滲ませる。
ラストは桃太郎師匠が晩年高座の上で好んで歌っていた、ルイジアナママの動画に合わせて全員でツイスト! 最後まで、最後までバカバカしく送る
終演後、桃太郎師匠と皆んなで パチリ…
春風亭昇太
昔昔亭桃太郎追悼
桃太郎師匠の追悼落語会がお弟子さん達の主催でザ.高円寺で開かれた。
師匠の柳昇が放任主義だったので、それじゃダメだということで前座の頃は桃太郎師匠の家の掃除に当日住んでいた大塚によく通いました。
なんとも言えない面白味。僕らの世界では「フラ」と言いますが、独特の間で爆笑をさらっていた姿が思い出されます。 他所の一門では絶対に生まれなかった落語でしたね。 噺も稽古してもらったし、とてもお世話になりました。
昇太という芸名も桃太郎師匠が前座の頃に付けていた名前です。
昨年末に急に亡くなってしまったので、区切りが付かなかったんだけど、ようやくお別れが出来た感じです。
春風亭昇太
2人飲み♬
先日、SWAの集まりがあった。
SWA(創作話芸アソシエーション)は単なる新作落語会ではなく、それぞれが創作したネタを、皆でアイデアを出し合って練り込み。落語会の構成や見せ方を考えて新作落語会の公演をしている仲間です。
この日も集まりがあって、終わった後、それぞれ仕事に出かけたのですが、たまたま僕と三遊亭白鳥くんが時間に余裕があったので、明るいうちから一緒に一杯飲みました〜
席に着いてから、ふと気がついたのですが出会ってから随分と長いけれども、白鳥君と僕2人きりで飲むのは初めて!
意外でしたが、新鮮でした。
新作落語を作るのは本当に大変です。みんなギリギリまで考えて、考えて、考えて高座にかけています。
公演も近いです。 頑張ろう〜
春風亭昇太
第6回今治落語会〜
加賀市 松山城見学♬
金沢での独演会の翌日は東京に戻らず、加賀市にある「松山城」に行ってきました。
たまたま加賀市の学芸員さんから「卒業おめでとう」のメールをもらっていて、そこに。加賀市に松山城という良いお城が有りますよう♬というお知らせをいただいていたので、思い立ったが吉日で、見学させてもらいました。
松山城は加賀一向一揆の城として機能していて、その後朝倉氏との抗争の中で朝倉氏が入城していた時期もあるそうです。その時の改変の状況が現在の松山城の形として残っているのではないか。と説明が有りました。
縄張がテクニカルなので、近くにある大聖寺城の合戦の際に、ここに前田が陣を張っていて、その時の改修かなとも思ったんですが、在城日数が少ないようで考えづらいとのこと。
今後の検証や研究が待たれるところですね。
見学していて本当に見応えのある遺構が残っています。切岸(人工的に作った急斜面)の鋭さや、主郭の周りの横堀。何度も屈曲させる虎口(お城の入口)など、とても楽しかった!
また行きたいお城ですね。 主郭 このあたりは地元の皆さんが、草刈りなどしていただいているようです。ありがたいですね。
横堀も見事♬
春風亭昇太























