新宮城〜♬
2月8日には和歌山県新宮市に行ってきました。
新宮市文化協会設立50周年記念事業「春風亭昇太お城トーク&寄席」ってことで、お城噺と落語です。
で、この和歌山県に行くって事があまりないんですよ。
東京と大阪に落語家は集中して住んでいるんですが、僕たち東京の落語家は東日本と広島から西の中国地方と九州が多いんですね。
多分これは、文化圏の違いと交通費の問題。という感じになるとは思うのですが、滋賀県などはお城の仕事ではよく行ってるんですが、落語では数える程しか行っていません♬
和歌山もホントに呼ばれることの少ない地域なんで、自然と仕事の前後に行っている城は少ないんです。
お仕事の前には予習も含めて「新宮城」に行ってきましたよう。
熊野川が熊野灘に流れ出る河口に築かれた新宮城は、当時の大量物資運搬の要である水運を押さえていてます。 多彩な石垣と「水の手」と呼ばれる正に熊野川に直結する曲輪を設けているお城で、国の指史跡で続100名城です。
もう少しゆっくり観たかったです。来年はお城の企画で行く予定もありそうなので、次回も楽しみにしています。
興奮して自撮りを忘れました♬
「水の手」です♬ カッコいい!
春風亭昇太
大森城踏査
ようやく2025年のお話し。
毎度の事ながら元日から働いてました。今年はテレビの仕事はNHKの中継からはじまり、お正月の笑点、最強の城、50ボイスと連日放送があったんで超売れっ子みたいでした♬
で寄席の方も一息ついた1月23日。宇和島市で「宇和島城談義」ということで中井均先生、加藤理文先生と宇和島城トーク!
そして、翌日の24日には中井、加藤両先生と「伊予.大森城」の踏査に行ってきましたよう
大森城は伊予.土居氏の居城です。周りに色々な勢力が割拠する伊予国で、伊予.西園寺氏に組みして、大友、土佐一条家、長宗我部と、この城を拠点に抗争を繰り返していました。
奥に石垣が築かれた曲輪があって重要なスペースだった事が伺えます。
普通は山城の下に居館を構えて、有事の際に山城に上がって戦をするのですが、ここは山城の中に居住空間を作っていたと考えられ、周りに協力な勢力がいた中で、これらに対応していた土居氏の緊張感が感じられますね。
春風亭昇太
鯉昇一門の忘年会に♬
浪曲を唸ったあとは、大福さん達との打ち上げで少し飲んで。ガソリンを注入して、その勢いで毎年恒例の「鯉昇一門忘年会」に突入だー!
瀧川鯉昇一門は毎年、鯉昇兄さんの地元で盛大に阿鼻叫喚の忘年会を敢行する!
鯉昇兄さんは11月頃から「…今年…どうする?時間ある?…来る?」って聞いてくる。
弟弟子の僕は行ける時には必ず行くのだ!
まずは前哨戦で鯉昇兄さんが愛してやまないモツ焼き屋さんで痛飲だ!
そしてその後、店を移して。そこに一門外から猛者達が集まり激飲するのだ!
飲んで、飲んで、飲まれて、飲むのだ!
明日の事は忘れて飲むのだ、1年間の反省は無く!来年への展望も無く!
これは前哨戦!
この後も僕達の闘いは続いた!
春風亭昇太
サカナ手本忠臣蔵〜♬
2024年12月29日 紀尾井小ホールでは、昇太一門でもある玉川大福さんの「サカナ手本忠臣蔵」
忠臣蔵の登場人物を全部お魚さんで演じるという、恒例になっている大福さんの独演会のゲストで呼んでもらいました。
演ったのは落語じゃないよ。浪曲です!
僕は浪曲が大好きで過去、何回か演らさてもらった事があるのですが、今回はこの日のために作った新作ネタ。 春風亭昇太が旅先で出会った若き日の玉川大福さんに浪曲の道を諭す…という「妄想浪曲」です。
浪曲は曲師の方が三味線と合いの手で盛り上げてくれます。 この日も事前に僕の声のトーンを聴いてもらい、お三味線の調子を合わせてもらっただけで、玉川みね子師匠が全てアドリブで僕のいい加減な浪曲に合わせて下さって。 それはまるで魔法のように気持ち良く唸らせていただきました♬
日本人が生み出した世界最小の「歌劇」それが「浪曲」です!ブラボー!
唸っております〜♬
春風亭昇太
理事会の後は
小島陣屋現存書院!
12月15日はボクの故郷、静岡市清水区に有る「小島陣屋」に行ってきました。
小島陣屋は小島藩一万石の陣屋です。
大名と言ってもお城を作っていい石高ではないので、城ではなく陣屋を造って藩政やお殿様の住まいにするですが、陣屋は規模が小さいので現在まで残っている建物は非常に少ないんです。
ところがこの小島陣屋のお殿様が住んだり、対面したらする場所として使われていた書院が町の公会堂として残っていたんですよ!
それを解体、移築して元あった場所に戻ってきたということで、この日はイベントもあって学芸員の方達と小島陣屋トークもして来ました。
陣屋の現存建物は日本に数例。しかも一万石の最小石高の大名の書院なんて非常〜〜に貴重なんですよ! 見事な石垣も残っています
春風亭昇太
神が宿った円丈トリュビート
昨年12月9日には
三遊亭円丈トリュビート 「炎の落語家のネタと僕たち」ということで下北沢本多劇場で、円丈 師匠が作ったネタをSWAメンバーが演る落語会
新作落語の世界に強烈なインパクトを残した円丈作品に挑みました!
僕は末期の患者が大暴れする「夢一夜」 彦いちさんは「横松和平」 喬太郎さんの「肥辰一代記」 お弟子さんの白鳥くんは「パパラギ」
この会は自分でいうのもなんですが「神会」でした。何年も色々な会に出たり、見たりしてますが、凄まじく様々なパワーが明確なベクトルを生み出して良い会になりました。
昨年度、いやここ10年の、まさに神会の落語会だったと思います。
これもう再現出来ません!そんな生優しい物ではなく、奇跡の集大成だったと思います。
(撮影 橘蓮二)
ラストの雄叫び!お客さんのノリ! 最後の叫びは円丈師匠の口ぐせ 「バカヤロ!」 でした。
これがあるから高座はやめられない…
春風亭昇太
昇話歌謡2 歌の宝探し〜
最近、NHKラジオには音楽関係で出演する事が多く、レギュラーの「昇太のレコード道楽」そして去年の12月には 今回で2回目になる、宮崎美子さんと一緒に司会の「昇話歌謡2、歌の宝探し」がありました。
そこで今回のゲストが井上順さん!大好きなグループサウンズのレジェンドだ♬
この方は本当に良い方で。ボクは以前一度音楽番組でお会いした時があったんだけど、その時の事も覚えていていただいて「いゃ〜お久しぶり」なんて言っていただきました。
いつもお元気で、明るくて、子供の頃からテレビで見ていたそのままです。
話してあるだけで元気が出ます!年齢を重ねてもこんなに元気のオーラ出せるんですね〜
グループ・サウンズ時代の貴重なお話もたくさん伺いましたよ。 凄い先輩を見習って暮らします♬
春風亭昇太
開通〜〜♬
テスト
この子大好き〜
「新作落語まつりin岸和田」
SWAメンバーで大阪の岸和田市に行ってきました。
岸和田の波切ホールで行われた「新作落語まつりin岸和田」に参加です。 メンバーは東京からSWAの春風亭昇太、三遊亭白鳥、柳家喬太郎、林家彦いち。 大阪からは浪花LEDのメンバーの桂あやめ、桂慶枝、笑福亭鶴笑、月亭遊方さん。
この上方の皆さんとは若い頃、東京や大阪で新作落語のネタ下ろしの会をやって、切磋琢磨して、刺激しあい、飲みあい、倒れあいした仲です。
もう30年近く前の話ですね…
皆んな歳を取りましたが、新作落語を創り続けている同志です。
久しぶりの大集会で楽しかったなあ〜。
下らなくて、熱くて、バカバカしい時間を共有した皆さんと、また来年も集まろうという計画もあるようで、楽しみです。
舞台上で彦ちゃんが撮ってくれました〜
春風亭昇太
里山スタジアムに行ってきました♬
釣りの後は今治の中学校に行って落語を聞いてもらったんですが、それまでに時間があったので、J3の激戦を勝ち抜いて来期からJ2に昇格が決まった、FC今治のホーム「アシックス里山スタジアム」に行ってきました。
FC今治は元日本代表監督でお馴染みの岡田武史さんがオーナーを務めるチームで、以前今治に行った時にお会いして、少しお話もさせていただきましたが、明瞭で、目的達成のプロセスをよを〜〜く考えている方だなあ!と感じましたが、このスタジアムもそれが反映されていて、現在は5000〜6000席なんですが、増築出来るようにしてあって、FC今治の成長と共にパージャンアップ出来るように考えられています。
スタンドからは今治の街や海が見えるようにしてあって「我が街のチーム!」という思いも湧いて来るでしょうねー。
サッカーをよく知っている人が考えたスタジアムだという事がよく分かります。
建物はこうでなきゃ!
よく地方のホールに行くと「このホールは有名な○○さんが設計したんです〜」なんて自慢されるが、正直言って有名な建築家が作ったホールで使いやすいホールなんて、あまり見た事ありません。
建物はその建築家の作品であって、実際に使用する人の使い勝手なんて考えてないからだと思います。 エントランスは豪華なくせして楽屋が少なかったり、狭かったり、舞台までに変な段差があったり…クラシックや演劇の人達のように大人数で移動したり、楽器運んだりしている人達はどうしているんだろう?と思うくらい。 使い辛い箇所の変更もさせてくれない建築家ばかりのようだし…まったく!何が有名建築…
いかん!いつのまにか愚痴になってる…やめた♬
エスパサポですが、来年のJ2観戦ではFC今治も応援しなくちゃ! 清水がJ1に戻ってて良かった♬
スタジアムの横にある「里山サロン」でお茶飲んで、癒されましたとさ。
春風亭昇太
今治落語会〜♬
津和野城♬
で、備中高梁から島根県の「津和野」に移動!
ここで11月4日に「津和野城の新しい魅力遠知る」ということで、日本建築史がご専門の三浦正幸先生。お城インスタグラマーのKAORIさんとパネルディスカッションに参加してきました。
津和野城は僕が東海大学史学部の学生頃に行ったきりのお城なんで、訪れるのは40数年ぶりということになります。
いやあ〜。あの頃も凄い城だなあ!と思いましたが、あらためて見に行ったら、やっぱり凄いや!
そもそも山城なので、高い位置にお城があるのに、なんでこの高さの石垣が必要なんだろうと思うほどの高石垣がそびえ立っています
往時はこの石垣の上に櫓や塀が建ち並び、津和野の町を見下ろしていました!
城域も巨大で、いったい何人で守ろうとしていたのか不思議なくらい♬
西の大名は平和になった事を信用していないんですね。米子城、岩国城、先日の備中松山城と、山城に巨大な城を築く例が多いですが津和野城もそのパターンです。
いやあ〜中世期の津和野城の遺構も残っているので、またゆっくりと見に行きたいです♬
春風亭昇太
備中松山城♬
ちょっと仕事が立て込んでいて、ブログ遅くなりました。すみません
博多天神落語まつりの後に移動して「備中高梁」に入りまして、翌日の11月3日に「山城の話と落語会」ということで、お城トークと落語会をやってきましたよ♬
午前中は備中松山城に行ってきましたぜ!
備中松山城は「現存天守12城」のうちの1つ、他の現存天守と違って5〜6万石クラスの大名の(他の現存天守はもっと石高の高い大名ばかりです)しかも山城で天守が残っている大変貴重な史跡です
天守の他にも二重櫓、土塀などが現存していて、それぞれ重要文化財。
廃城以来、荒れ果てていた備中松山城を昭和の初期に高梁中学校の先生だった「信野友春」先生が備中松山城の重要性を説き、町の人達も当時の町の予算の多くを注ぎ込んで保存への道を開いてくれたんです。 多分この保存活動が数年遅れていたら、敗戦の日本の混乱の中で天守は守られることなく崩壊していたでしょう。
日本中が戦争に目が行っていた時代に、文化財保護という、ともすると役に立たなそうなこの決断が現在の高梁市に備中松山城という財産を残した事になります。
二層二階、望楼型の可愛い天守。 城主の猫「さんじゅーろー」も人気で、多くの観光客の方に写真を撮られている大スターなんだニャァ♬
春風亭昇太
博多天神落語まつり
さてさて、エスパルスの優勝で盛り上がってしまいましたが、ちゃんと仕事もやってますよ〜。
博多で毎年恒例の「博多天神落語まつり」に行ってきました。
この会は元々は三遊亭円楽師匠がプロデュースしていた落語会ですが、今は林家たい平さんがプロデュースしています。
そんな関係で笑点メンバーは結構ハードに働かされていますよ♬
去年はたしか8高座くらいあったなあ〜。今年は2日間で5高座!これを毎年やっているので、もうネタなんて尽きています〜♬
あれやこれや、お客様の反応見ながら何とかやっています。
東西の落語家が集まる日本最大の落語の祭典のお楽しみは、久しぶりにお会いする大阪の師匠方との打ち上げ!
文珍師匠と南光師匠と一緒のテーブルで、落語の話は一切せず!
男子中学生なみの下ネタで話の花が咲きましたとさ♬
春風亭昇太
清水エスパルス J2優勝!
やった!清水エスパルス優勝!
清水エスパルスが先日J1復帰を決めましたが! 本日、J2の優勝も決めました!
仕事をしていたので観戦は出来なかったのですが、仕事の休憩中にメールでいろんな人からメッセージが届いていたので、これは! と思いメッセージは読まずに調べたら、清水優勝の情報が!
本日の清水のホームで「いわきFC」と対戦して1-0で見事勝利!J2優勝を決めました。
清水エスパルスは優勝の目の前にしながらタイトルを逃すことが多いチームで♬ 今回も心配していたのですが、キッチリ決めてくれました♬
もう嬉しくて泣きそうです。
あらためて自分の故郷に清水エスパルスというチームがあってくれて嬉しいです。
Jリーグが始まった時に生まれたオリジナル10と呼ばれる10チームの中で唯一母体とする企業がなかった清水エスパルス。
チームが無くなる危機もあった中でサポーターや、地元の企業さんたちが支えてくれて何とか存続した清水エスパルス。
もどかしい戦いや、情けない戦いもありました。でも強いチームを応援しているんじゃなくて、清水エスパルスが強いチームにはなってくれることを望んで応援している多くのサポーターに愛されている清水エスパルス。
サポーター仲間が送ってくれた画像です♬
春風亭昇太
箕輪城!
さぁ。その箕輪城なんですが訪城するのは4回目ですかね。
関東には土造りの名城が多いんです「石垣はないですね」なんてよく言われるんですが、関東には石垣なんて必要ないから使ってないんですよ! それは関東ローム層という地質だから。乾けばサラサラ、濡れればツルツル。3メートルも高低差があれば上がってこられない。それが関東ローム層
お城は、築かれた地域の地質によって変わってくるんです。あまり変わりが見られなくなるのは天下統一されて城の造り方が全国的に似てきた近世城郭になってからのお話し。 中世はお城の造り方に、地質や造り手にやって地域性があるから面白いんです。 コレがボクが天守とかがある近世のお城より中世、戦国時代のお城が好きな理由です♬
箕輪城も石垣はごく一部に使われているだけです。が!凄いんです
現在あるのは井伊直政が箕輪城に入ってからの遺構なんですが、井伊が属していた徳川家は土木技術に優れた集団で、山を削り河川の流れを変えて江戸の街を作ったほど。
その土木技術の凄さ満載なのが箕輪城なんですよ。重機も何も無い時代にこの堀!
この幅!この深さ!
凄いぞ箕輪城!
春風亭昇太
箕輪城まつり
エスパルス昇格の大事な戦いがあった時に、ボクは何をしていたのかというと。ボクも戦っていたんですよ!
「箕輪城まつり」に参加していました!
箕輪城は群馬県にある「長野氏」が築いた関東屈指の名城です。中世この地域は関東管領山内上杉家の支配下にありましたが、上杉家何越後に逃れた後は、相模の北条、甲斐の武田、越後の上杉という強大な戦国大名の、ど真ん中に位置する紛争地帯になってまして、この箕輪城も武田に何度か攻められています。
その後も織田家臣の滝川一益。徳川の井伊直政が箕輪城に入っていて、現在の遺構は井伊時代の物ですね。
さぁ。そんな箕輪城で「箕輪城まつり」が行われていて、以前も呼んでもらっていたんですが、スケジュールが合わず、今回初参戦となりました。
ボクは長野業正の役で、隣の春風亭柳好さんは家来の役です!つまりいつもの関係です♬
参加者の皆さんと合戦してきました〜♬
春風亭昇太