ザブトン海峡・航海記

投稿者: tiltstaff

4号佐久城へ

2009年11月28日

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4号こと春風亭昇太は、先日ブログに書いた、浜松のお寺の落語会の前に「佐久城」に行ってきました。

「佐久城」は浜名湖に面した岬の先端にあります。まぁ浜名湖という巨大な水堀に守れながら、海運の要所を抑えている訳ですね。

リゾート開発でほぼ壊されていますが、主郭部は明確に残っていますよ。

見所は「馬出」から「主郭(本丸)」をつなぐ「土橋」です!(写メ1)きれいに残り、両側は深く掘られた空堀です。どんなに大軍で来ても、周りは浜名湖。ここでは一列にならないと進めないので矢玉の餌食でございます~

徳川家康に攻められて籠城二ヶ月。ついに開城したのでした。

この後、落語会で「地元の佐久城に行ってきました~」と報告したら、お客さんから「そんな城は無い」と言われました。

日本人の多くは天守閣を城だと思ってるのね~。でもね~浜松城の天守閣はまぁ、いいか。

4号甲州城めぐり

2009年10月29日

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4号こと春風亭昇太は「白山城」「新府城」の後、独演会をやり、次の日は独演会を主催してくれた「石和ざぶとん亭」の馬場さんのリクエストで「獅子吠城」(ししく城)に行った。

随分渋い城に行きたいモノだと思ったら。獅子吠城というネーミングに引かれたらしい

そのわりに獅子吠が読めなくて「獅子何とか城」と連発

「獅子吠城」は元々自然石がゴロゴロしている場所だったのだろう。石がゴロゴロの部分と、その石を積み上げて石垣にしている部分が一緒になって、風景としても、他の城とは異彩を放っていて面白い。(写メ1石垣部分)竪堀も見事ですよ。

次に、凄く近いということで「若神子城」ここは公園になっていてイマイチ

最後に「谷戸城」ここはきれいに整備してあって、とても見易い!!こんなに良く土塁が残っているものだと思ったら、復元整備でした。

でも中世の城をイメージするにはイイ感じ。

土塁の内側に空堀が有る(普通、外側に堀があります)のが「吉野ヶ里遺跡」と同じです。守りにくいだろうと思うんだけどなぜでしょう?(写メ2)

山梨も、いいお城揃い!本当は「深草館」に行きたかったんだけど、また行こう~。

4号白山城と新府城へ

2009年10月20日

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4号こと春風亭昇太は、甲府の独演会の前に韮崎市の「白山城」と「新府城」に行って来ました。

「白山城」は遺構が良く残っている、見事な城でした。桝形虎口や土橋が素晴らしかったですよ~。写真だと分かりにくいケド土橋です(写メ1)

感動しながら「新府城」へ。甲斐武田家、最後の根拠地「新府城」は堀に突き出た「出構え」(写メ2)という、鉄砲等で、堀に近付く敵を攻撃出来る、独特な遺構で有名ですが、その「出構え」が有る堀が発掘調査中でした。(写メ3)

「東出構え」の上からボンヤリ発掘を観ていると韮崎市教育委員会の方とお会いして「良かったらどうぞ」と発掘中の堀を見せて下さった

今まで、堀の事がよく解ってなかった為の調査だそうだが。説明を聞かせて頂いて、戦闘を想定してみたら凄く面白かった!

城には、そんなに幅はないのですが「箱堀」(写メ4)が掘って有って、水がはってあり。その前には湿地が広がっていた事が解ったそうです

つまり。敵側は城に近づくと、湿地帯に足を踏み入れます。動き辛い程度で「行けるな」と、バシャバシャ進む。そこで「出構え」からの銃撃に「早く城に取り付こう」と思って、急いで城に近づくと。突然足を取られて「箱堀」に水没!という訳だ。平らな水面下に巧妙な「落とし穴」が新府城の堀に口を開けて待ち構えている!と言うわけだ。

甲冑なんか身に付けていたら、絶対浮かんで来られません恐ろし~。

「ちょうど、お茶の時間なんで、どうぞ」とお茶までご馳走になりました。

発掘作業のおじちゃんや、お姉さま方には「昨日、笑点視たよ!」とか「こういうお城が好きだ。ってテレビで言ってたから、いつか新府城に来てくれると思ってた~」なんて嬉しい言葉も頂きました。

「新府城」発掘作業の皆さん、有り難うございました。

「甲府独演会」もノリノリのお客様のパワーを貰って、ガンガン演れました。また行きます、ありがとう~

次の日も甲州城めぐり。報告は、また。

4号杉山城へ

2009年10月19日

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4号こと春風亭昇太は、埼玉県小川町の落語会に行ってきました。このあたりは、お城がワンサカ有る地域で、もちろん行って来ました。お隣、嵐山町の「杉山城」

!もう最高!いやいや、噂に違わぬ素晴らしい、遺構と保存状態!!

今まで、観てきたお城の中でも最高ランク。感動モノの城郭でした。

大手口から、馬出し。目に入ってくる物全てに、キャーキャー言いながらの夢の散策!

妖精みたいなボクが(どこがだバカ)邪魔してますが「南三の郭」から「馬出し」方向です(写メ1)細い通路の回りの土塁や空堀の様子が判るでしょ

その外側の「帯曲輪」(細い帯状のスペース)に敵兵が立てば、手前は堀、反対側は急な斜面。逃げ場が有りません(写メ2)

とにかく、見せ場を上げたら切りがない程の中世城郭テクニックのオンパレード。戦国期最高傑作の呼び声も納得です。

しかも、この城は私有地で地権者の方のご厚意で、保護、公開がされています。感謝、感謝!

素晴らしさを、もっと書きたいけど書ききれません!ビバ杉山城。また行きたいです。

4号浪岡城へ

2009年10月12日

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先日、4号こと春風亭昇太は「笑点」青森収録の為に青森市にやって来ました。

「笑点」の地方収録は、いつも前日入りなので、朝一番の飛行機で青森空港に降りて、空港近くの「浪岡城」へ行ってきました。

「浪岡城」は浪岡北畠氏の本拠地で、現在は国指定史跡。整備もされて、本丸に相当する「内館(うちだて)」を取り巻く「北館」「西館」「東館」「猿楽館」等々の郭を散策してきました。

浪岡城の堀には、堀の中央に「中土塁」と呼ばれる土塁が有って、これが、堀の障害物となり、或いは通路にもなっているのです。しかし、これを敵側が通路に使うと両サイドの郭から、攻撃にさらされるので~す。

城の入口にあたる「虎口」は「桝形」になっていてますよ(写メ1)わかりにくいケドね。

時間が有ったので20年ぶり位に「弘前城」にも寄りました。ここの城は、土塁の間に古風な門が現存して、本当にカッコイイ日本に数少ない「現存天守閣」も厳かに建っております。(写メ2)

好きな城を二ヶ所も見たので「笑点」の収録も、爽やかに終えましたとさ

4号吉野ヶ里へ

2009年9月28日

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4号こと春風亭昇太は、佐賀市での公演の前に、電車に揺られて「吉野ヶ里遺跡」に行ってきやした。

堀や柵に囲まれた「環濠集落」は、お城そのもの。

実際、ここ吉野ヶ里は「名城100選」にも選ばれています。

いや~広いね。弥生時代もダイナミックだ。(写メ1)

そして、驚いたのは「北内郭」と呼ばれるエリアの門だ。二重の濠の間に、2つの門が「桝形虎口」のように形成されていて、素晴らしい防御システム!

凄いぞ弥生時代!

説明員の方の言葉を借りると。問題は、こんな大規模に防衛しなくてはならない程、吉野ヶ里遺跡に住んでいた人々が何に怖れていたか!いう事だそうだ。

その吉野ヶ里に対抗する勢力の遺構が見つかっていないし、3世紀に入って突然この集落が消えいるのが、ナゼなのか

古代史の魅力の一つは、資料が無い分、誰でも自由に想像を巡らせる事が出来る事だけど、それらの答えが、九州の地面の下に埋まっているかと思うと、ワクワクするなぁ~。

面白いぞ日本史!

4号沓掛城へ

2009年9月26日

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トゲトゲ鐘の後は、せっかく時間があったので、名古屋から豊明市にある「沓掛城」に行った。

名鉄「前後」の駅からタクシーに乗って78分程のところに「沓掛城」はある。

二の丸の一部、本丸、掘がきれいに残っていて、解りやすい。

本丸の横には、掘を挟んで「諏訪曲輪」があり、本丸より一段高くなっているので、櫓など建っていたのだろうか?(写メ1 北側の掘りから諏訪曲輪を見る)

簡単に見る事の出来る平城だが、ここ「沓掛城」は「桶狭間の戦い」で「今川義元公」が憤死をする前日に泊まり、軍議を開いた場所として有名な城だ。今、歩いている此の場所に今川義元も、歩いていたかと思うと感慨無量。最後にみた夢はどんなだっただろう。

桶狭間古戦場は、目と鼻の先。そのまま、待ってもらっていたタクシーに乗り込んで「桶狭間古戦場」へいった。(写メ2)

かくして、この戦いによって、今川義元公はバカ戦国大名の汚名を着せられ、織田信長は、現代人から見る戦国最大のヒーローとなる訳だが、最近の「今川氏」研究によって、「馬鹿って言う方が、馬鹿なんだからね!」という時代になりつつある。

今川義元は戦場で、敵と切り合って討ち死にし、信長は、お寺で家来に寝返られ殺されてます。

どちらも同じ時代の、戦国大名の最後。馬鹿もヒーローもない、戦国時代の武家の生き様と、死に様でございます。

4号新発田に

2009年9月14日

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最近、すっかり「お城ブログ」みたいになってますが、もちろん落語はやっていま~す。

今回は、林家たい平くんと、新潟県新発田市で二人会です。最近ホント、たい平君との二人会が多いんだよね

 とにかく、楽しんでもらう事に主眼をおいている彼の高座は、迷いが無くて、清々しくて好きだなぁ~。新発田での二人会も楽しくで、マスク越しの目も輝いています。(写メ1)

でも、お城に行かなかった訳じゃないよ。会場から歩いて3分ほどのトコに「新発田城」とくれば行かないワケ有りません。

現存する表門は重厚で、風格があって流石。(写メ2)ヤッパリ本物はいいなぁ~近世城郭もカッコいい! 土橋門跡に僅かに土居が残っていて、在りし日の「新発田城」の様子が感じられ素敵でしたよ。近世城郭でも土塁系の城はエエなぁ~

4号後閑城に

2009年9月7日

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4号こと春風亭昇太。本日は、群馬県松井田での落語会。なぜか群馬県での仕事が続きます。

当然早めに出て、今回は整備され公園化されている事で有名な『後閑城』へ。

高崎で信越本線に乗り換えて「磯部」下車。本当は「安中」でもいいのだろうが、磯部には磯部温泉があり、タクシーが多いであろうとの予測から「磯部」下車なのだ。

タクシーで後閑城跡公園と告げると「はい!」と出発。

西駐車場で降りると、そこはもう西第三郭です。

いや~。観やすい、観やすい。キレイ、キレイ。特に西第二郭の、城壁の波形の出っ張りのカーブは美しい。(写メ1)この凸の所から、城壁に取り付いた敵兵を、弓や鉄砲で撃退する「横矢」ってやつです。

桜の季節にはお祭りがあって、それ用なんでしょうが、郭の各所に、三十人様からの宴会が出来そうな東屋があって、こんなトコに、お金掛けなくてもと思うし、遺構も場所によっては「土建屋さんが、イジっちゃたのかなぁ~?」って思う所もあるようですが、一般的に中世城郭をイメージするには、良いお城です。

本当に、お城の整備。特に公園化は難しいね。

各、城郭研究会や研究者が一定の指針を出してあげて、城郭整備アドバイザーみたいな人が生まれれば、いいのになぁ~

その後、せっかくなんで、磯部駅に近い「磯部城」に行きました。

こちらも城跡の山が、そのまま残っていて、ナイス!

登城を終え、松井田での落語会へ。ここにも「松井田城」というお城があるのですが、規模が大きすぎて、ついでに行くような城ではないので、今回は断念。

今週の群馬お城巡りは、はこれくらいで勘弁してやろう

4号根小屋城へ

2009年9月5日

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4号こと春風亭昇太は、高崎で落語会があったので、早めに家を出て、噂の「根小屋城」へ出かけた。

高崎駅から上信電鉄というローカルな単線に乗り「西山名」で降りた。根小屋城に行くには、隣にある「山名城」から行くと、良 いらしいのだ。

わからなかったら、誰かに聞けばいいやなーんて思って 地図も持たずに行ったら、甘かった!無人駅で、表示も無いし、 人も歩いていない

とにかく、山に向かっている道を進んだが、心細い事このうえない

ようやく、自転車のオジイさんを見つけて聞いたら、その道が正解で、登り口に出る。いいぞオレ

しかぁし!いきなり「マムシ注意」の看板が目に飛び込んでくる。しばらく登ると再び「マムシ注意」の看板!しかも、そこには、大きな「スズメ蜂」が羽音を立てているではないか。こいつには虫除けスプレーは役に立たないよ~。夏の登城はこれだから、厄介だ。

泣きそうになったが、もうすぐ50歳なので我慢して足を進める。

山に入ると数多くある案内板に助けられで、アッという間に「山名城」に到着。 尾根を断ち切る「堀切」を左に見ながら(写メ1)進むと、一の郭に上がる道がある。上がってみたらね何だだろう。ベンチが1クラス全員が班ごとに別れてベンチで食事が出来る程ワンサカあるではないか。いったいどんな団体がここに来るのというのだろう。

山名城に別れを告げて、尾根伝いに1キロ程の距離に有る「根小屋城」にヤブ蚊と一緒に移動だ。

そして「根小屋城」コンパクトだけど、遺構がきれいに残っている。まずは一の郭の周りの「腰曲輪」を見て回ったが、どこにいても一の郭から攻撃されてしまう位置になっていて、一の郭に上がれば「桝方虎口」になっていて四方から、ぶっ殺されます。キャー。(写メ2 僕がいて、よくわからないかも。ケド枡形です)

帰りは高崎商科大学前駅に出るコースで帰ったのだが、このコースが断崖の脇を通る道で怖い怖い、また泣きそうになったが、何とか下山。それにしても、ヤブ蚊に悩まされ。雑草に城跡を覆われて、冬枯れの頃に来れば良かったと猛反省。そしたらもっと楽しめたのに。いやはや、夏の山はいけやせん。夏はもっと整備されている城に行かなきゃ!そうだ。整備されいてると言えばよし、次は、あの城だな。

この後、高崎に戻って、高崎城を散策して落語会。凄くいいお客さんで、歩きっぱなしの身体も、お客さんの笑いで癒えましたとさ。

4号与板城へ

2009年8月28日

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4号こと春風亭昇太は、長岡市、新潟市の独演会をやってきました!

両日とも来て頂いた方もいらしたようで、有難いことです。

新潟公演の前に「天地人」で盛り上がる与板城に行って来ました。

街には「直江兼続」の旗が、一家に一本って感じで立ち、お城の登り口には、案内のオジサンが笑ってます。

直江家の「与板城」は遺構は良く残っていて、楽しく「切岸」が見事な「実城」(いわゆる本丸ってやつね)に着くと、なんと観光地でお馴染みの、真新しい「顔だし写真撮影板」が(こんな名称で、いいのか?)あったので、一緒行った立川笑志くんとパチリ。隣は主催の新潟総合テレビ、長谷川くんです。

さらに二の丸、三の丸と進むと巨大な堀切が見事です。

それにしても天地人の影響はスゴイ。中世城郭ではほぼ見かけることの無い、普通のカップルの観光客がチラホラ。

与板城の前には長岡市内の蔵王堂城にも寄りましたよ。思いの他、土塁が見事でした!

もちろん、夜の新潟公演も頑張ってやりました。新潟の皆さん、有り難うございました!

4号末森城へ

2009年8月22日

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4号こと春風亭昇太は、東京の独演会「オレスタイル」を終えて、昨夜から名古屋入り。

おとなしく、お風呂に入ってから、世界陸上みたり、本を読んだりして寝ようとしたが、なかなか寝つけず、うつらうつらしているうちに朝になっちまった。

読んだ本がいけなかったのかなぁ?千田嘉博さんの「戦国の城を歩く」だ。ちょっと興奮したかな?


そういえば、最近忙しくて全然お城に行ってない。どうせ寝られないなら行動有るのみ!

思い立ったら直ぐ行けるのは、言わば何処にでも在る中世城郭だからこそ。ホテルがある「栄」から地下鉄東山線に乗って「本山」で下車して城山八幡神社を目指す。

 徒歩8分くらいで到着。織田信秀築城の「末森城」だ。

神社の階段を上がると、すぐに主郭を廻る「空堀」が見えてくる。とても明確で、わかりやすいぞ

でも、夏は城郭見学には最低の季節。暑さや、ヤブ蚊に刺されながらの散策でした。

ちなみに信秀の後の城主ね「織田信行」はお兄ちゃんの「信長」に殺されてますぜ。戦国時代に兄弟もナニもにゃ~わ。

交通費420円の妄想旅行でした。写メは、これじゃ、何だかわからないでしょうが「空堀に立つ」春風亭昇太です!

さぁ、シャワー浴びたら。名古屋の独演会だ!頑張ろ~

4号の城対談

2009年7月18日

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4号こと春風亭昇太は、只今毎日、花園神社通い!

共演者の皆さんに、遊んでもらいながら、楽しくやってます。

でも、昼間はちゃんと仕事してますよ~。

昨日は「笑っていいとも」そして、直ぐに上野へ移動して「ぼくらの時代」という、対談番組を録りました。

写真家、桐島ローランドさん。歌舞伎界から坂東三津五郎さん。そして春風亭昇太。

三人の共通点は「城好き」です。

ひたすら、城について、大の大人がキャーキャー語りました。

最近、城関係の本や雑誌の特集で「城」が目立ってきました。ようやく語れる場が多くなって来ましたね~。

放送は未定。また連絡します。

写メは、城の話になると、物凄く嬉しそうに語る、坂東三津五郎さんと、野外劇やってるとは思えない白さの肌の(光線の加減です)4号です。

4号足柄城に

2009年5月11日

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4号こと春風亭昇太は、只今16日から始まる「伊東四朗一座」のお稽古中。人の稽古見て、ゲラゲラ笑いながら、楽しく稽古場で過ごしていますが、今日は稽古休み。

だからといって休みませんよ。静岡県小山市に「アド街ック天国」のロケに行って来ました。

なんとロケ先は「足柄城」お城が、好きだ好きだって言っていると、こんな仕事も来るんですね~。(写メ1)

足柄城は、足柄街道を取り込むように造られた国境のお城。足柄街道を進めば、必ず足柄城内を通らなければならないのです。通ろうとしたら、道の上や両サイドから攻撃され放題です。足柄街道には足柄城。東海道なら山中城。後北条氏は、こういうの好きだね。

城内は公園整備されていて、比較的見学しやすいです。三の郭と二の郭の間の空堀も見事。(写メ2)

一の郭(いわゆる本丸ってやつ)は削平されておらずフラットではないので、城主が常駐して、住んでいるって感じの城とは思えなかったですね。住んでろ!って言われたら、峠の頂上で、冬は寒いよ~。

足柄エリアの際のに放送されますが、多分一瞬なんで、見逃さないでね~。久しぶりのお城。面白かった


4号茅ヶ崎城に

2009年4月4日

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昨日、昼間に打ち合わせを終えてしまい、部屋でボンヤリするのも嫌だったので、2時頃家を出て横浜の「茅ヶ崎城」に出掛けた。

「茅ヶ崎城」は横浜市営地下鉄「センター南」徒歩5分程にある。

開発が進む市街地で、駅から徒歩5分の場所に中世城郭が、ほぼ完存している奇跡的な城だ。

駅の地域図で軽く確認して、プラプラ歩けば、直ぐに到着。

初めて、ここに来たのは前座の頃の20数年前。当時の茅ヶ崎城は、手付かずの遺構が圧倒的な迫力で迫ってきたが、現在は公園整備が進んで、見易い事、この上ない。

昔は雑草と雑木林の「西郭」と「中郭」の間の空堀も舗装されています(写メ1)

「中郭」に上がれば、郭の南側から西側の土塁が見事!(写メ2)

正直言って、公園化し過ぎて、「北郭」なんて駐車場みたいに舗装しちゃったし、柵は鬱陶しいし、少々残念だが、破壊される中世城郭が多い中、駅から徒歩5分。案内板も豊富。ハイヒールで行ける中世城郭なん滅多に在りません。

時間があったら「茅ヶ崎城」へ是非どうぞ。

お城の整備は、難しいね

帰りは三軒茶屋のシアタートラムに、友達が出演している「A to P」を観に行く。

お城と、芝居。いい1日でした!

4号安土城へ

2009年3月27日

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26日、4号こと春風亭昇太は、滋賀県長浜市で落語会だ。

滋賀県は城跡が、うじゃうじゃ在る事で有名な、お城王国。

何しろ滋賀県は、京都から東に行くにも、北に行くにも重要な交通の要所。名だたるお城がワンサカです。

で、会場に入る前に。行ってきました安土城!

最近はディアゴスティーニでもお馴染みの織田信長の居城だ。この城から、日本人が大好きな、石垣&天守閣の、いわゆる近世城郭が始まったそうじゃ。

いゃ~。普段、土塁系のお城中心に観てるけど、さすがに、大手道から天守台まで、見事な石垣が続く様は、壮観!! (写メ1)

途中の石段には、石仏も、ただの石材として使われています(写メ2)

「こんなモン、仏じゃにゃ~。ただの石だがやぁ~」って感じで。仏敵、織田信長の面目躍如と、いったところか。

本当は、隣にある六角氏の居城「観音寺城」を見たかったんだけど、この城は余りに巨大で23時間では無理と判断して、今回の「安土城」でした、

いつか、必ず行ってやる。待ってろよ「観音寺城」! 

しかし、最近は城ブログみたいになってるなぁ~落語の事も更新しますね♪♪

4号、興国寺城へ

2009年3月24日

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今日は沼津市で、楽太郎師匠との二人会。

昼の部の高座に上がる直前に、WBCて日本が、53で勝利したという、結果が飛び込んできた。

勿体つけて、日本優勝を客席に伝えると、凄い拍手!中には涙ぐむオバチャンも日本人は、こんなに野球好きだっけ?

さて、夜の部はトリになったので、待ちの時間が長くなった~。そこで!

沼津市にある「興国寺城」に行く事にした!!

興国寺城は、北条早雲が今川氏から拝領し、ここを足掛かりに、関東一円に領土を広げた、大北条王国発祥の城。城郭ファンには有名な城だ。

沼津市民文化センターから車を出してもらい30分程で到着。

そしてどーん!目に飛び込んで来たのは、物凄い高さの土塁!こんな高さの土塁見たことないです~何メートル有るんだろう、小山のようだ。(写メ1)

いや、高いって話しは聞いていたけど、これ程とは!

土塁に上がると、その向こうは巨大空堀。堀の中に入ったら怖いくらいです(写メ2)そのダイナミックな事!スゴイぞ興国寺城!

北条早雲以来(その前から有ったかも知れないケド)今川、北条、武田、徳川の激戦地のど真ん中で最後の城主が、家康の家来の天野康景。この人が凄い。

一万石の石高を貰いながら、農民を斬り殺した家来を、家康から差し出すように言われたら「やだ!」って、遁走し、興国寺城は廃城

一万石っていったら大名ですこの人、家臣想いの名君なのか、バカなのか?歴史には色んな人が登場しすぎて、面白いなぁ

興国寺城は只今、発掘調査中。あと五年ぐらい後に行くと見やすいかも!

4号高津戸城へ寄る

2009年3月21日

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4号こと春風亭昇太は「笑点」収録を終え、群馬県みどり市、大間々にある「ながめ余興場」へ、朝日さわやか寄席の公演にきた。ながめ余興場は、銅山で、エライ儲かった時代に建てた風情のある、良感じの劇場だ。

2時間ほど早く着いて、楽屋でボンヤリしようかと思ったが、地図を見ていたら。胸騒ぎ地図に、ながめ余興場の脇を流れる、渡良瀬川の反対側に「要害神社」の文字。

 

 

城跡に、よくついている地名が幾つかある「城山、根小屋、堀ノ内、殿山、等々」そして要害も、そのひとつだ!

さっそく携帯で「大間々 城郭」で検索したら。出た~!「高津戸城」場所もどんぴしゃ「要害神社」がそれだ。

こうなると、日没までの時間との戦い。事務所の車で神社駐車場に行くと、高津戸城の案内板があり、すでにココが三の郭と知る。 

神社に向かって、ずんずん進むと、竪堀らしき物、曲輪らしき場所を見ながら、神社の一段下に出ると、明らかに腰曲輪が一の郭をぐるりと一周している!城壁がカッコいいぞ!(写メ1)

その後も、尾根にそって堀切で防御された場所が23段認められたり、井戸跡を見つけたりと、予習しなかっけど、遺構が比較的単純な分、分かりやすかったぁ。

その後、カメラで雑木林に拡がる遺構を撮っていると、女の子を連れたお母さんと遭遇。怪しかったのだろうか?女の子が「何してるの?」と聞いてきた。お母さんは、女の子に、この人に話しかけちゃダメ!オーラを出して「ホホホ」と乾いた笑い声を出している。

正直に「お城を見に来たの」と答えると「ここに、お城有ったの?お母さん!」お母さんは「この男、オカシイ」といった引きつった顔で「ホホホ」と笑う。

「お城だったら、お姫様と王子様はだれ?」お母さんは、早くこの場を離れましょう!って感じで娘の腕を引っ張りながら「ホホホ」と笑っている

お姫様は知らないが、よっぽど、案内板に書かれていた、由良国繁に攻められ、この城で無念の討死をした、里見勝政、勝安兄弟の最後を、感情たっぷりに語ってやろうかと思ったが、警察に通報されそうだから止めておいてやった!

あの親子。今度逢ったら、成敗してやるからな!

日没タイムアウトで楽屋に帰り、落語炸裂!里見兄弟も喜んでいるであろうホホホ。

4号一乗谷へ!

2009年3月14日

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4号こと春風亭昇太は、本日は福井市での公演。

当然、こんなチャンスを逃すはずもなく、福井市の「一乗谷朝倉氏遺跡」に行って参りました

一乗谷は、朝倉氏の館や城の遺跡がセットになって残っている、大変に貴重な場所。中世城郭ファンなら誰もが行きたい聖地です。

タクシーに乗り込んで20分程で、谷をシャットアウトするように造られていた「下城戸」が表れます!ギャー。と叫んで、運転手さんに「ど、どうしました?」と驚かれながら、土塁と石垣が美しい姿を堪能。

その後も、住居跡や上城戸が表れる度に車を止めてもらい。キャーキャー走り回って写真を撮りまくり。館の前で、運転手さんとお別れ。

一乗谷川に架かる橋を渡ると、山を背後にして、コの字形の堀と土塁に守られた館の「唐門」が見えてきます。(写メ1)

中に足を進めれば、もうそこは中世の世界礎石を頼りに、建造物を想像しながらそぞろ歩けば、隣ある「諏訪舘跡」に出ます。また、そこに残る庭園の雅な事…(写メ2)

そして、諏訪舘跡から見る「朝倉義景館跡」に、タメ息…(写メ3)

雨と時間の関係でお一乗谷城は断念。また来よう、ウン!

織田信長の「焼いてまえやぁ~」で三日間燃え続けたと言われる一乗谷は、谷全部が遺跡で、戦国の街並みが、そっくりそのまま遺されている、奇跡的な場所なんですね~

ちなみに、この後の福井公演で一緒だった、紙切りの林家二楽に「上城戸」の土塁を見せたら「土手ですか~?」と言われて、逆上し、ハサミを奪って串刺しにしそうになりました!!

馬鹿なんだから!

4号滝山城へ

2009年3月5日

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すみません。先ほど写真しかアップされていませんでした。こちらが本当。

遅くなりました。って、待っていた人がいたかどうかは別にして

四号こと春風亭昇太は、秋川キララホールの落語会の前に、八王子市の滝山城に行って参りました。

滝山城は東京を、いや日本を代表する規模や遺構を誇る、中世城郭の名城です。

大手口の看板からお城に向かって進むと、いきなり左右の土の壁に挟まれたり、クランクしていたりと、山城気分満載です。

小宮曲輪の堀に沿って進むと、三の丸前の巨大な空堀 ! 「きゃー。堀ですー。きゃー」お魚くんなら絶叫しているでしょう。

お城は、攻め手側の気持ちになって歩いてみると、面白い発見があります。

足軽気分で、二の丸に突入。右側と正面から十字砲火を浴びながら、本丸に向かおうとした時、道が二手に別れるのですが、軽く右が登り坂、左が下り坂。本丸(山城の場合、本丸はほとんどが、山の最高地にあります)を目指す、足軽昇太の精神状態としては、当然右の登り坂を選んで進んだら様子がおかしいあわてて城図を見ると、城の中心ではなく外側に向かっていたのです~?

恐るべし、滝山城。引き返して、下り坂を進んで、中の丸、本丸へ到着。

帰りは、お城のボランティアの方達に「笑点の人だ」なんて言われながら。見所の「角馬出」の説明を受けたりして面白かった。

今回は、大手口から本丸へ向かいましたが、登り口は沢山あります。お楽しみは残してあるので、次は何処から登ろうかなー。 

ちなみにココ滝山城は「天地人」で春日山城として登場します。ロケ地って事ね。

春は桜の名所。城はともかく、いい散歩になりますので、花見に滝山城へ行ってみてはいかが。

余談ですが、秋川キララホールの会場の受付に、お姫様みたいに奇麗な人がいて、滝山城ともども特した気持ちになりました。

写メは、三の丸前の堀と 四号が騙された?Tの字のに別れた二本道。解りづらいけど、右が軽く登り坂になっています。